2011-08-31

岩手訪問記2011夏(2)

岩手訪問記2011夏(1)のつづきです。

浄土ヶ浜と漁港との間の宮古市鍬ヶ崎は、浄土ヶ浜行の路線バスがすれすれに通るほど住宅の密集した地区でしたが、津波によって壊滅していました。

浄土ヶ浜に近い場所では、解体待ちの建物が残っていました。


鍬ヶ崎公民館。右写真では中央右に写っています。公民館の周りは、見渡す限り住宅の基礎のみが広がっていました。


港町交番。手を合わせずにはいられませんでした。死者1人魚拓)とは警官のことなのでしょうか(住民ではないので別にカウントされるのかもしれませんが)。


ひしゃげた標識やミラーと、暫定的な一方通行の指示。


倒れた電柱と、新しい電柱(左写真)。「側溝フタありません」という警告がありますが、すでにフタは復旧されていました(右写真)。


震災当日、NHKの定点カメラからの津波に飲まれる映像が流れた、シートピアなあど。遠目には以前のままに見えます。


シートピアなあどの写真を撮った辺りから他の方向を見たところ。存置されているガードパイプもひしゃげています。


津波発生時に締め切られる、市街地と漁港・鍬ヶ崎方面との間の水門(中央左)。右に写っているのは旧道時代のものでしょうか。ここから延々と続く堤防によって、通常の津波から市街地が守られています。


水門の市街地側、国道45号が曲がる交差点付近。倒れた鋼管柱と、崩壊したガソリンスタンドが残っていました。この交差点の市街地側は舗装が直されていて、歩道は工事の最中でした。


暑さでクラクラしながら宮古駅にたどり着き、駅前の「蛇の目本店」のランチで新鮮な魚をいただきました。つづく

岩手訪問記2011夏(1)

今年も(2009年2010年)岩手の山田線周辺に行ってきました。

往路は8月8日夜出発の宮古行高速バス「ビーム1」。私にとって初めての夜行高速バスでした。乗客には震災復興ボランティアツアー参加者も見受けられました。

私以外の乗客は宮古駅で降車。私は終着の浄土ヶ浜まで乗りました。本来は浄土ヶ浜パークホテルに着くバスですが、私はホテルへ向かわず浄土ヶ浜を観光するので、浄土ヶ浜の一般の駐車場で降ろしてくれました。ちなみに、パークホテルは応援に来ている各県警の拠点となっているとのことで、ホテルの駐車場には警察車両が何台も置いてありました。また、このあと、浄土ヶ浜周辺で北海道警と山形・静岡・奈良県警の車両が走っているのを見ました。

私にとって3度目の浄土ヶ浜訪問。初めて晴れてくれました。

崖下の遊歩道は、震災による崩落があり、通行止めとなっていました。崖下へ降りる階段の途中には、津波到達位置が示されていました。


崖の上の車道を歩き、浄土ヶ浜のメインの展望台、御台場展望台へ。8時すぎでも朝靄が残っていました。


車道に戻り、奥浄土ヶ浜へ向かいます。途中の中の浜では、トイレが津波に破壊された姿を晒していました。この先も遊歩道は通行止めなので、また車道を登って下りることになりました。


奥浄土ヶ浜到着時にはまだ他に観光客の姿はなく、独り占めできました。透きとおっていて穏やかで、あまりにも美しい三陸の海を見られました。レストハウスは建っていたものの、中は壊滅したのでしょう。


少し戻ったところです。“自己責任” で遊歩道に入ってみました。海側もわずかに欠損した箇所があったものの、法面の崩壊が主でした。


無料のボンネットバスで、夜行バスを降りた駐車場まで戻りました。


最も宮古市街地側にある竜神崎展望台からは、漁港を見渡せました。浄土ヶ浜はほとんど見えません。


このあと、歩いて宮古駅へ向かいました。つづく