2013-03-16

ひたちなか海浜鉄道湊線非公式時刻表

2013年4月21日更新:時刻表内の運用の色分けに誤りがあり、再度修正しました。
2013年3月25日更新:時刻表内の運用の色分けに誤りがあり、修正しました。

ひたちなか海浜鉄道湊線の趣味者用非公式時刻表を作成したので公開します。

ダイヤグラムのように交換駅でクロスする形で時刻を並べてあるのが特徴です。
運用を色分けしています。

ひたちなか海浜鉄道 湊線 非公式時刻表 2013年3月16日改正(PDF/850KB/2013年4月21日修正版)
時刻の間違い等の一切について責任を負いません。
また、この非公式時刻表についてひたちなか海浜鉄道等の関係機関に問い合わせることを禁じます。


平日の運用についてのコメントを入れてありますが、個人的観察に基づくものなので、信頼性は低いです。

2013-03-09

西武鉄道路線図 東横線直通改訂版

すでに各所で話題になっているかもしれませんが、東横線直通を受けた西武鉄道路線図の改訂で、西武線内にも変化がありました。

3月号のかわら版に、東横線とみなとみらい線が入った新しい路線図が掲載されていました。


次のように、東横線直通に関係しない箇所にも変化があったことが分かります。

  • 西武有楽町線はから池袋線同色のに。直通先から紫がなくなり、逆に西武線内の直通運転区間に副都心線のブラウンの細線が入った。したがって路線図から紫が消滅。
  • 新宿線東村山以遠が青緑単色から、直通運転のある国分寺線のとの2色に。
  • 西武園線が新宿線同色の青緑から国分寺線同色のに。
こちらがこれまでの路線図です。

2013-01-13

「西日本方向幕ロゴ」フォント二次配布

国鉄方向幕書体で知られるロールズさんが製作し配布していた、JR西日本の列車種別ロゴのフォントプログラム「西日本方向幕ロゴ」の二次配布を開始しました

すばらしいフォントプログラムを製作してくださったロールズさんにお礼申し上げます。

2012-03-05

西武線貸切電車「電大号」

いったん公開を停止し、復路の正丸トンネルについてを追記して再公開しました。

大変ご無沙汰してしまいました。

3月4日、西武線で東京電機大学鉄道研究部主催の貸切電車「電大号」が運転されました(2nd-train)。私もこれにお誘いをいただくことができ、参加してきました。

9:40に本川越を出発し、所沢で池袋線に入りました。仏子ではホームのない中線、飯能では1番ホームの隣の側線でそれぞれ5分以上停車し、吾野で11:17から11:37までトイレ休憩(と弁当積み込み)となりました。


正丸トンネル信号場でも交換待ち。


12:00に横瀬に到着し、横瀬車両基地へ向かいました。貸切電車も車両基地内に引き上げますが、参加者たちは公道を歩いて移動しました。

まず貸切電車の前で集合写真の撮影、そして私はすぐ引き上げてしまいましたが幕回しサービス。


庫内でクモハ355が解放されていて、この中で弁当を食べました。暖房は何もなく、とにかく寒かったです。


そして、私の目当てがいました。多摩川線でさんざん乗ったクハ1224です。このためだけに参加したといっても過言ではありません。両開きの貫通扉が懐かしいです。ただ、ツートンにされたのは私にとっては残念です。


この写真の手前にいるのは昨年末に廃車された311Fのうちのクハ1312で、クハ1311と連結されていました。中間車は解体されたのでしょう。1224に夢中だったため、こちらは撮影していませんでした(3月7日追記:1311の車体標記ならば上のクモハ355の写真に写っています)。なお、偶数車どうしの1224と1312が向かい合っているのは、廃車時に223Fが方転されたためです。


他の保存車(E31はこれまた1224に夢中だったため単独で撮影していませんでした)。


貸切電車を横瀬に残し、13:20発の普通電車で西武秩父に移動しました。ここで自由時間となり、私は今回誘ってくれた方にうどんをご馳走になりました。

14:30すぎに貸切電車が回送で横瀬から到着し(写真)、14:49に発車しました。


正丸トンネルでサプライズ。車内照明を消灯するサービスがありました。


飯能では特急ホームに入線し、トイレ休憩となりました。このとき中間改札の自動改札機は締め切られ、一般の特急利用客が入らないようになっていました。


このあと小手指に16:10に到着し、解散となりました。

電大鉄研さんほか、お世話になった皆様、ありがとうございました。

2011-09-23

Panasonicクリアホーン

YouTubeのおかげで少し音鉄分が回復している私ですが、スピーカを買っちゃいました。駅で多く使われているものより小出力で小型の、最大6Wのバージョンです。ここには書けませんが、活躍させる機会ができたので購入しました。


箱にチョーク書きがあるのが、業務用製品として流通してきたことを表していますね。

内部にはトランスがあります。業務用放送では高電圧でアンプからスピーカまで伝送し、スピーカ内のトランスで低電圧に変換するためです。


そのため、トランスを介さずにスピーカのコーンに直接配線すれば、家庭用のアンプの出力で鳴らすことができます。仮の配線で、iPodから発車ベルを鳴らしてみました。


おまけ。説明書の表紙です。「スピーカー取付金具をお買い上げいただき」とありますが、誤植ですね。

2011-09-10

節電ダイヤ最終日

追記:ダイヤ実績のまとめに誤りがあり、9月10日13時30分に訂正しました。

首都圏で実施されていた節電ダイヤは、予定が前倒しされ9月9日が最終日となりました。

多摩川線では、節電ダイヤに伴い
●白糸台行
●2編成のみの運行のため昼間に多磨で列車交換
●3編成での運行に戻すため昼間に白糸台始発
という光景を見ることができました。

9月8日(左)と9月9日(右)の多磨での列車交換。


9月9日の白糸台15時17分始発電車。写真は発車待ちの間のドア2/3締切です。動画では、始発のみ鳴動する発車メロディが聞けます。



震災以降のダイヤの実績をまとめてみます。
●震災直後:運休または計画停電による時間帯運休。
●3月18日(金)から:終日2編成運行、20分間隔。
●3月22日(火・祝翌日)から:8時台までは通常どおりの3編成運行12分間隔、9時台以降は20分間隔 。
●4月1日(金)から:通常ダイヤ。
●4月25日(月)から:8時台までと17時台以降は通常どおり、9時台から16時台は20分間隔。ただし4月29日から5月8日までの土休日は通常ダイヤ。
●6月11日(土)から:平日は、9時台までと16時台以降は通常どおり、10時台から15時台は20分間隔。土休日は通常ダイヤ。
●7月1日(金)から:平日は、11時すぎまでと15時半以降は通常どおり、12時台から1514時台は2編成運行15分間隔。土休日は通常ダイヤ。
●9月12日(月)から(土休日は以前から通常ダイヤなので、実質的には9月10日から):通常ダイヤ。

6月10日までの特別ダイヤでは、3編成運行から2編成運行(およびその逆)に移行する時間帯に、列車間隔が上りで通常ダイヤの2倍の24分、下りの白糸台以南では28分となることがありました。しかもこれは、まだ需要の多い9時00分の前後に発生していました。6月11日からは、最短7分間隔に詰めることで、移行の際に列車間隔が広がらないようになりました。

7月1日からの2編成運行15分間隔の運転では、是政での折り返し時間が2分でした。これでは運転士の移動が間に合わないので、是政に1人が待機していて、列車ごとに運転士が入れ替わっていました(前の列車を降りた運転士が次の列車に乗務します)。このため、要員は3編成運行の場合と変わらなかったことになります。

以下、3月25日の記事に掲載した259F以外の編成の白糸台行です。

247F春号。8月30日撮影(11時台)。


249F夏号。6月22日撮影(10時台)。


251F秋号。4月28日撮影(8時台)。


253F冬号。6月21日撮影(10時台)。

2011-09-03

岩手訪問記2011夏(5)

岩手訪問記2011夏(4)のつづきです。

追記地図を作成しました。各写真に添えた「現在地」リンクからご覧になると分かりやすいと思います。地図へのリンクは別ウインドウで開きます。

親切な方の車に乗せていただき、大志田駅のある米内川の谷から、浅岸駅のある中津川の谷へと峠を越えました。降ろしてもらったときには雨が上がっていました。

浅岸駅へ直行しても17時台の列車まで暇なので、いったん浅岸駅とは反対方向の、御大堂林道の綱取ダム・盛岡市街方面に来ました。この写真は山田線第一浅岸トンネルの浅岸方(東口)坑口前で、13時40分頃に着きました。現在地


15時頃に通過する宮古行の列車を撮るため、ここにある(自動車の離合のための)待避スペースに1時間余り滞在しました。前の写真の右下の位置です。暇つぶしにミツバチを撮りました。


列車が来る直前、かなり暗くなってしまいました。なので、ブレブレです。頑張って流し、かろうじて車体中央付近が止まりましたが……。

普段は非一眼のハイエンド機を使っていましたが、この写真を含め、今回の旅行ではいわゆるコンデジを使いました。前者はこの旅行の最初の浄土ヶ浜で路面に落とし、壊してしまったのです。ただ、そちらは8年前のモデルで、走行写真以外はいわゆるコンデジの方がきれいに撮れるという感じだったので、旅行後に新しい非一眼ハイエンド機を購入しました。

前述のとおり、かなり暗くなりました。浅岸駅へ向けて歩き出しましたが、とても心細かったです。山に「呼ばれた」気がしました。

大志田駅から来たときの分岐点に戻りました。左写真は、左が大志田駅・外山ダム方面、右が浅岸駅方面です。右写真は浅岸駅方面へ入ってから振り返ったところで、左が先ほどの第一浅岸トンネル東口方面、右が大志田駅・外山ダム方面です。「白看」と呼ばれる旧様式の標識がありました。現在地


山田線の第2中津川橋梁。「その他の危険」の標識が倒れています。現在地


実際には特に暗くて怖かった場所でした。現在地


ここまでは中津川に沿った御大堂林道と岩神林道の重複区間でした(たぶん)。左が甲子きね又沢を遡る御大堂林道、直進が中津川に沿って浅岸駅へ向かう岩神林道です。ここにも白看がありました。現在地


ガードレールが豪快に曲がっています。この橋は「五淵橋」と書いて「ごぶばし」という読みでした。現在地


このあたりも暗くて心細く、地形図と見比べもせずに黙々と歩いてしまい、ハッとしました。きっとそういう状況で山に「呼ばれる」のでしょう。まあ、私が歩いていたのは間違いようのない林道なので、実際に呼ばれることはありませんが。現在地


明るく開けた場所に出て、ホッとしました。人の気配もありました。現在地


すぐに寂しい道に戻りましたが、浅岸駅へはもう少し。……というところで、ついにまた雨が降り出しました。折りたたみ傘を取り出し、急ぎました。現在地


これは昨年撮った写真。左の橋が浅岸駅入口で、昨年は区界峠から来たので奥から、今回は手前からやって来ました。現在地


雨に濡れる浅岸駅。16時15分に到着しました。待合室で休んでいるうちに雨が上がりました。現在地


17時05分発の宮古行を見送りました。

00:34......停車
01:01......車掌の笛
01:10......発車
01:51......警笛

17時28分発の盛岡行に乗車しました。


浅岸駅から乗車した証の車内補充券です。


夕食には冷麺をいただき、この日の夜行高速バス「ドリーム盛岡」で東京に帰りました。おわり。